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橋本翔太の「想い」と「テーマ」

橋本翔太の「想い」と「テーマ」

数ある中からこちらのサイトに足をお運びくだり、ありがとうございます。
橋本翔太です。

このサイトを通して、そして僕の活動を通して、僕が皆様にお届けしたいこと、
それは

「音の力」を活用した「心理療法」と「栄養ボディ療法」で、あなたの心を強くしなやかにする

ことです。
そして僕が、「Shota Method(翔太メソッド)」を通して、お伝えしたいテーマは、

●心と肉体の両面から、自分のエネルギーを高め、なりたい自分になる。
●「今」に在り「今」を生きる、幸せな人になり、望む人生を築く。
●そのための科学的な仕組みや方法論を体系的に学び、心を強く、しなやかにしていく。

ことです。
これらを、「音の力」「心理療法」「栄養ボディ療法」の3つの柱から、
みなさんにご提供していきます。

 

橋本翔太の強みは、本人が、もがき苦しんだ経験です。

僕の最大の強みは、自分自身が、
●心の不調
●身体の不調
●身体の不調から起こる脳とホルモンバランスの不調による心の不調

という、あらゆる「心」が病んでしまう原因を、この身を持って体験し、深い闇でもがき、そして乗り越えてきたことです。心を強くしなやかにするには、心からのアプローチだけでは足りません。

僕の転換期は2つあります。

第一転換期
心理学や波動学といった、心の科学に出会い、実践し、実際に心や性格が大きく変わり、なりたい自分にどんどん近づくことができ、仕事やプライベートでも、子供のころから夢だったことがほとんど叶った時期。 
⇒ 心理学の力、波動や目に見えない世界の力を体感、オリジナルの心理療法確立へ。


第二転換期
多くの夢が叶い、なりたい人生を歩みはじめた矢先に、地元福島も襲った東日本大震災のあたりから、原因不明の心の苦しい症状に襲われる。ストレスに極端に弱くなり、生きているのがつらくなる。自己コントロールを失う。それが肉体(脳とホルモンバランス、血糖値)によるものだとやっとわかり、肉体からの治療で、今まで以上に心の強さを手に入れる。肉体が精神に及ぼす多大な影響力を身をもって体感した時期。
⇒ 栄養・食事・運動といった肉体へのアプローチが、心の強さとしなやかさのもう半分を占めるのだと気づき、それらを従来紹介してきた心理療法と同等に重要項目として取り入れ、栄養ボディ療法確立へ。

後半でさらに詳しくご説明いたします。

無宗教です

なお、橋本翔太は、無宗教です。

父の命日には仏教のスタイルで墓参し、家には神棚を置き、
初詣には近所の氏神様に手を合わせ、大好きなクリスマスソングを口ずさむ、
典型的な日本人です。

目に見えない世界と、目に見える科学や現実の世界とのバランスをとりながら、自分が学んできたことを自分の哲学とし、それを軸にしています。実際に自分が試して効果があったものしか、ご紹介しません。宗教にかかわらず、あらゆる学びや情報について、常に中立的であるよう努め、そして何よりも自分の価値観を一番の軸に、自分の人生を生きることを大切にしています。

生きることがつらく、ボロボロだった頃。放棄しそうになったことも。

僕は生まれた時から、決して順調な人生を歩んできたとは言えない、様々な経験をしてきました。

故郷は福島県です。
生まれたときから体が弱く、物心がつかないうちに大きな手術を経験したり、病気をしたり、
おぼろげな記憶をたどっても、寝床で熱や痛みに苦しむ自分、わんわん泣いている自分、
宇宙人の眼のように見えた手術台のライトの光などを思い出します。

自分を囲む周囲の状況も複雑でした。幼いころから父親との関係がうまくいかず、
そのうちに僕が小学校三年生のときに父が倒れます。僕が中学三年生の春に亡くなるまでの、
長い闘病生活は、母、妹、僕にとっては非常に苛酷な日々でした。
保険嫌いの父は、自分が倒れた後の一切の保障をかけていなかったのです。

車椅子、寝たきり、植物状態へと月日を追うごとに父の病状が進行し、
母のひと月の給料の何倍もの医療費が月々かかりました。それを払いきれるわけがなく、
母は大変な苦労をしました。苦しい生活でした。

家庭がそんな大変な中、小学校5年生から中学2年生まで、僕は学校でいじめを経験し、
家庭と学校の板挟みのなかで、身心ともに、本当につらい状況に置かれます。

今、症状を思い返すと、子供の鬱、神経症、離人症、自律神経失調症などといった病名がつくのでしょうが、当時はまだ、メンタル面の疾患に理解がある医院は田舎にはなく、低血圧の薬を飲むなどして、なんとか日々を生きているような状態でした。

その一方、小学校六年生のときに、国の特定疾患である、特殊な病気にかかっていることがわかり、
高校二年生まで治療を続けることになります。

自分はなぜ、ここまでいろんなものを背負わなければならないのかと、
何度も生きることを放棄しそうになりました。

子供のころのつらい経験によるメンタル面の不調、体調不良は大人になっても続きます。
しょっちゅう体調を崩し、寝込み、また、ささいなことで気持ちが落ち込み、
人の視線、評価、人間関係が怖く、体調目も精神面も不安定で、
生きていることがつらくなることは、小学生の頃から変わらず続いていました。

人間関係がうまくいかない、お金の問題、恋愛問題、多くの問題に押しつぶされて、
人生の意味がわからない、なぜ生きなくちゃいけない、ただ苦しいだけで何もいいことなんてない、そうやって苦しむ日が、大人になっても続き、これがこの先も繰り返されるのかと思うと、苦しくて悲しくて、ただ絶望しながら、なんとか生きていたような感覚です。

学びのはじまり その1 心の分野

自分の身体の不調と病気、心の疾患、父親の闘病と死、複雑な家庭環境と居場所のない学校、
人生のずいぶん早いうちに、多くのことを経験した僕が、

「生きること」「死ぬこと」、そして、人間の心理の仕組、
そして「自分らしく、納得のいく人生を生きる」ということについて深く考えざるを得ない立場に置かれたことは自然なことだったのかもしれません。
それは心理学をはじめ、よりよく生きるためのあらゆる学びへと僕を突き動かしていきました。

それらの学びが、僕の体調とメンタル面、人生の流れを劇的に好転させていくことになります。
最初のきっかけは、大学で音楽教育を学んだ後に大学院で臨床心理学を専攻したことでした。

ずっと学びたいと思っていた心理学ですが、その理由は
「僕と同じようにつらい経験をした人の助けになりたい」
という思いからでした。

大学院ではPTSDにカウンセリング理論、ユングの夢分析、内観療法……など

心理学の基本から、誰より自分を助けるために、学び深めていきました。

むさぼるように学びを進め、
自己との対話を続けるうちに、心理学は、哲学や物理学にも結び付いていくことがわかります。
そしてどの学問も、やがて最終的には、目に見えない世界との関わりへつながっていくことがわかり、それらを相対的に勉強し、実践するうちに、自分の状態がどんどんよくなっていったのです。

その中でも、量子力学の「波動」「パラレルワールド」「現象学」と、
あらゆるエネルギーである「気」の概念を知り、それを実生活に活かしはじめたあたりから、
本当に、劇的に、自分の体調もメンタル面も人生も好転しはじめました。

父をはじめ、家族へのわだかまりが溶けていき、誰かや何かのせいにして、 そして自分の人生の不運を呪って愚痴と不満で生きてきた今までの自分とは別人のようになりました。

肉体面の体調の回復と共に、
人間関係、恋愛、仕事、などの人生の分野まで、確実に好転し、
子供の頃からの夢が叶っていったのです。

もちろん、つまずいたこともあります。

心理学や目に見えない世界のこと、「気」や「波動」について勉強している人ほどわかると思いますが、やればやるほどわからなくなったり、現実に結果が伴わなくて、絶望したり、嫌になったり、もう信じられなくなったり、そういうことも、僕はさんざん経験しました。

元気になるための学びなのに、何かや誰かに依存してしまうことで、かえって状態が悪化していまうことも経験しました。占いにスピリチュアル、心理セッションや自己啓発セミナーなどに依存してしまったことで、それがないと不安、先生に相談しないと決められない、自分一人では何もできない、
怖くてしょうがない、という状態に陥ったこともあります。

こうして、いい面も悪い面も、勉強していけばぶつかるであろう一通りのことを経験、体感しながら、僕が、自分の経験を通して、実践を通してのみ掴み取った、方法論、考え方、そしてテクニックを自分のメソッドとして体系立ててきました。

 

大学卒業後、大学院に通いながら、僕は音楽の教員をしていましたが、
生徒の悩みを聞き、一緒に考えること、いじめの問題に取り組むこと、
生徒指導や進路相談などで生徒の目標や夢をきき、その相談にのること、
などの時間が、何より充実していることに気づきはじめます。

ネガティブな意味しかなかった、僕のつらく苦しい過去が、
誰かの痛みをその人以上に理解できる力へと変わり、僕の経験が、
誰かの問題を解決へと運ぶ力をもっていることに気づきはじめたのです。

「音楽の授業のためなら、僕以外にも、他にたくさん先生がいる。
でも、自分の幼いころからの経験と学びをもとに、今悩んでいる誰かの人生のサポートをすること、

実体験と、実践により証明できた「よりよく生きる力」を伝えていくこと、
これはここまでやってこれた自分にしかできないことではないだろうか。
ならばそれを突き詰め、誰かのお役に立ちたい」

そういう気持ちがどんどん強くなっていきました。

そして、それに加えて、
「自分のもうひとつの専門である音楽を通して、音楽を手段にして、誰かを元気にしたい」
という気持ちもどんどん強くなっていきました。

僕自身、学校にも家庭にも居場所がなかった小中学校時代、音楽だけが、唯一の救いでした。
音楽との関わりがなければ、間違いなく、今ここには存在していないだろう、と言い切れるくらい、
イジメで一人になっても、誰にもわかってもらえなくて泣くしかできないときでも、
いつでも僕の隣にいてくれて、支えてくれたのが音楽でした。

また、演奏する喜びを通して、僕から生きる希望と自信を奪わずに守ってくれたのも音楽でした。
音楽のもつ力は、僕が誰よりもわかっているつもりです。
音楽は、難しい理屈抜きで、力を与えてくれます。

これらの想いを果たすべく、心理カウンセラーとして独立。その後も、僕が学んできた心理学、波動、気のこと、それらの分野と音楽、これらが融合することで生まれた、ピアノレイキシリーズや、各著書の出版を果たし、30代になる前に、すでに子供のころからの目標を一通り果たすことができました。 心のことを勉強すれば、全てうまくいくと思っていました。しかし、それだけでは、必要要素の半分しかまだ埋まっていないことに、この後気づかされることになります。


学びのはじまり その2 肉体の分野

東日本大震災のあたりから、その不調ははじまりました。そして、心のプロのはずが、自分の不調にまったく対処できず、症状が悪化していきました。もがく中ではじめて、心の問題は心だけで解決できるとは限らず、身体を整えること、つまり脳機能をよくするための食事、栄養素、運動が、心を、ひいては生来の性格だと思ってあきらめていた問題部分まで、解決してくれることがわかったのです。⇒詳細はこちらをご覧ください。

「音」「心理療法」「栄養・運動療法」で、心を強くしなやかに

僕の経験をベースに、乗り越えるためにとても役立った方法論をお伝えすることで、

誰か一人でも、元気になってもらうための、きっかけになれたら、

そんな思いで、今も活動を続けています。

 

そんな「想い」をひとつひとつ形にしていくうちに、今の自分がここにいます。

「音の力」を通して、誰かの人生の「きっかけ」になること。

そして、

誰かや何かに頼る他者依存では決してなく
「心を復活させて、自分の力で立ち上がり、自分の力で飛躍する、自己完結の力を身につけること」
を伝えていく。そして、「今を生きる力」と「本来のあなた」を取り戻す。

これらの「想い」と「テーマ」をかたちにしたもの、
それがこちらのサイトでご紹介させていただいているものです。

依存的要素を一切排除し、その可能性があるものに警鐘を鳴らし、
みなさんの本来の力を取り戻し、ご自分の力で人生を切り開くお手伝いをしていきます。
現実を変える力は、あなた自身の中に、その手のひらの中にあります。

こちらのサイトがみなさんのお役にたてれば幸いです。

そして、僕自身、もっとよりよく、納得のいく人生を生きるために、
今後も活動を続け、精進していきたいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。